研究概要

わが国の高血圧、糖尿病人口はそれぞれ4000万人、1000万人に達します。降圧薬、抗糖尿病薬が多く開発されてきていますが高血圧・糖尿病による心血管病と慢性腎臓病は増加しつづけています。わたしたちは高血圧と糖尿病性腎症の進行に関わるエピジェネティクスの不具合を予防・修復できれば臓器障害を減らせるのではないかと考えています。
 エピジェネティクスは、DNAメチル化やヒストン修飾によって遺伝子のオン・オフを調節するしくみで、細胞の記憶をコントロールして固有の働きを発揮するのに関わっています。エピジェネティクスレベルでの検討を通じて、将来、高血圧と慢性腎臓病の進行を抑制出来る日が到来すると信じて日々研究を行っています。

① 交感神経・レニンアンジオテンシン・アルドステロン系と臓器障害

交感神経が活性化すると高血圧が生じますが、その過程に脳の血圧中枢での酸化的ストレスが関わることを私たちは見出しました(Circulation 2009)。交感神経活性化はレニンアンジオテンシン系を活性化させアルドステロン産生を促します。アルドステロンの分泌が過剰になると、アルドステロン受容体(MR)が過剰に刺激されて高血圧ならびに腎臓や心臓の臓器障害が生じます。ところがアルドステロンの濃度が低くてもMRが活性化されるしくみがあることを私たちは発見しました。細胞の形態形成に関わるRac1の活性化がアルドステロンに依存せずにMRを刺激し、腎臓障害の原因になることを明らかにしました(Nat Med 2008)。Rac1によるMRの活性化は食塩の過剰摂取によって引き起こされます(J Clin Invest 2011)。
 動物実験の結果から臨床研究を計画し、わが国では困難な二重盲検プラセボ対象無作為化試験によりアルドステロン拮抗薬が慢性腎臓病患者に対してアルブミン尿減少効果があることを示しました(Lancet Diabetes Endocrinol 2014)。特筆すべきなのは、アルドステロン拮抗薬は食塩摂取量が多い者に対して、より効果が強いことがわかり、ヒトでも食塩過剰摂取がMRを活性化することが示唆されます。実際、Rac1活性化による遺伝性糸球体疾患の発見につながりました。
 Rac1-MRの過剰活性化は腎臓障害のみならず心不全の進展にも重要な役割を果たしていることがわかり(Hypertension 2016)、Rac1-MR経路を標的として臓器障害に対する新たな治療薬の開発を進めています。
 高血圧の発症には子宮内での低栄養が原因であるというBarker仮説(生活習慣病 胎児起源説)が提唱されていますが、その機序は明らかではありません。脳内の血圧中枢の活性化は交感神経を介して高血圧の原因になることをすでに報告(J Clin Invest 1988, Nat Med 2011)していることから、脳の血圧中枢でのエピジェネティック異常について検討しました。その結果、子宮内で低栄養を経験した個体では脳内のレニンアンジオテンシン系にDNAメチル化異常が生じ、生後に高血圧を発症する原因になることがわかり検討を進めています。

② 腎臓エピジェネティック異常と高血圧・糖尿病

これまでに私たちは、高血圧(Nat Med 2011)をはじめ、急性腎障害(J Am Soc Nephrol 2008)、糸球体障害(Stem Cells 2007)、腎臓線維化(J Am Soc Nephrol 2007, Am J Physiol 2010)と様々な病態で、腎臓エピジェネティック変化が生じて重要な役割を果たすことを発表してきました。慢性腎臓病ではエピジェネティクスについた傷が保持されて病態が進行することが考えられます。
 大規模臨床試験により、糖尿病初期の血糖コントロールは記憶に残り、その後の糖尿病性腎症の発症と進展に関わることが示されました(UKPDS、EDIC試験)。この記憶の成立に至る分子機構は、糖尿病性腎症の進展に対する新たな治療標的となります。糖尿病性腎症でDNAメチル化異常が生じるかどうかは不明でしたが、私たちは糖尿病マウスの腎臓近位尿細管でアンジオテンシノーゲンやHGF受容体などの遺伝子にDNAメチル化異常が生じることを見出しました(J Am Soc Nephrol 2015)。これらのメチル化異常は血糖治療に抵抗性を示したことから、一度生じたメチル化異常は持続的であり、発現異常の維持を介して腎症のメモリー現象に関わると考えられました。DNAメチル化異常は糸球体でも生じていることを見出してきており、ヒト糖尿病性腎症の組織を用いた検討も進めています。
 エピジェネティック異常は成立してしまうと元に戻すことは難しいので、異常が成立する機構を標的とした予防法の開発は大切です。一方、進行した腎症に対する治療としては、発現異常が続くDNAメチル化異常遺伝子を標的にした治療が必要となります。私たちはこれまでに腎臓特異的にsiRNAを到達する方法を開発しており(Nat Rev Nephrol 2011)、これを用いてメチル化異常を呈する遺伝子に対する治療を試みています。
 糖尿病性腎症は透析導入疾患の第一位であるうえ、現在も増え続けています。早期の診断が必要ですが現在用いられているアルブミン尿測定のみでは不十分です。DNAメチル化はmRNAや蛋白に比べると、分解されにくく安定なうえ、細胞1個に対して0か1の情報のため細胞数と正比例し、正確な細胞数の定量が可能です。私たちは、尿中のDNAメチル化を測定することにより、障害して落下してくる細胞を定量し、腎臓障害が診断できないか臨床研究を進めています。

③ 食塩の摂りすぎによる血圧上昇のしくみ

食塩の過剰摂取は食塩感受性高血圧を生じますが、この過程にRac1によるアルドステロン受容体(MR)活性化が重要な役割を果たすことを私たちは示しました(J Clin Invest 2011J Am Soc Nephrol 2012)。また、尿細管でのNa再吸収には核内受容体Ppargのnon-genomic作用が関わることも見出しました(Cell Metab 2011)。
 MRは鉱質コルチコイドのみならず糖質コルチコイドでも活性化されますが、糖質コルチコイド代謝酵素11bHSD2が糖質コルチコイドを分解してMRの過剰活性化を防いでいます。11bHSD2を欠損している人(Apparent Mineralocorticoid Excess; AME症候群)は高血圧を呈しますが、腎臓での11bHSD2の役割は不明でした。そこで私たちは腎臓特異的11bHSD2欠損マウスを作成したところ、食塩感受性高血圧が生じました。さらにこのマウスでは、AME症候群と同様に低カリウム血症を呈しており、11bHSD2欠損-MR活性化-上皮性ナトリウムチャネル(ENaC)の活性化-低カリウム血症-尿細管ナトリウム・クロライド共輸送体(NCC)の活性化-食塩の貯留、と一連のカスケードを介して高血圧が発症することを証明しました(Hypertension 2017)。
 食塩の尿細管での再吸収と血圧の調節にはNCCとともにb間在細胞に発現するペンドリンが重要な役割を果たすことが最近明らかになってきました。私たちは、アンジオテンシンIIとアルドステロンが固有の経路を経てペンドリンを活性化していることを、副腎摘出マウスを用いて明らかにしました(J Am Soc Nephrol 2017)。また、脱水やアルドステロン過剰でペンドリンは活性化されますが、病態によって活性化経路が異なることが、b間在細胞選択的MRノックアウトマウスの検討で明らかになってきており、高血圧に対するオーダーメイドの治療に結び付くと考えています。
 私たちはリン代謝に関わるFGF23シグナリングにKlothoが必須の役割を果たすことを発見し(Nature 2006)、血管の石灰化にKlothoとFGF23が関与することを示しました(Kidney Int 2014)。高齢者では血漿中の抗加齢因子Klothoが減少し食塩感受性高血圧の発症頻度が増加することが知られています。Klothoヘテロ欠損マウスは食塩感受性高血圧を呈し、腎臓・血管のシグナリングに異常が認められており検討を進めています。

 

 

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